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ショートストーリー

サプライズ記念 ─『こい、こわれ』ショートストーリー ─

※本文のネタバレを含みます。
















 予想外に、準備に手間取った。
 小さく息を吐いて、田阪融(たさかとおる)は自宅アパートのワンルームを見渡す。
 狭い調理台の上の俎(まないた)と、一口コンロにかかった鍋。ローテーブルの上に並べた二人分のグラスと取り置き用の小皿と、小さなホールケーキ。
「よっし!」
 確認して、おもむろにスマートフォンを手に取った。手早くメールを打ち込み、送信ボタンを押す。
 送信完了後に見直したメールには仕事が終わったらアパートに来てほしい旨と、会社からここまでの経路を追記している。少々事務的だが、わかりやすいはずだ。
「もう仕事終わったかな。って、もう電車に乗ってたら二度手間じゃん」
 もっと早くメールすべきだったと反省したところに返信が入る。これから行くとの内容にほっとして、急いで調理の仕上げにかかった。
 目算を誤ったらしく、仕上げの途中でインターホンが鳴る。玄関のドアスコープ越しに数時間前に会社で別れた会社の先輩兼恋人の前原(まえはら)の姿を認めて、ドアを開く。──前原は、ここに呼ばれた理由を知らないのだ。
「急に呼び出してすみません。どうぞ、上がってください」
「ああ。失礼、……?」
 玄関の中に入った前原がローテーブルやキッチンを目にして瞬く。前原の知る融の「料理」はインスタント味噌汁に出来合いの総菜がせいぜいだったから、無理もない。
 室内を巡って戻ってきた怪訝そうな視線に、あえてにっこり笑ってみせた。
「誕生日、おめでとうございます。一緒にお祝いさせてください」
 驚いたように、前原が目を丸くする。それを見ただけで、ものすごく得をした気がした。


「言われてみれば今日だった気はするが、誰から訊いたんだ?」
「先週、課長が言ってました。語呂がよすぎて忘れられないそうです」
「なるほど」
 上着を脱ぎネクタイを緩めた前原が、ローテーブルの前に腰を下ろす。崩れた格好がどことなく艶めいて見えて、勝手に顔が熱くなった。それをごまかすように、融はシチューの器をローテーブルへと並べていく。
「これは? 融が作ったのか」
「簡単なものですし、レシピを見ながらですけど」
「充分だ。ありがとう、こういうのは久しぶりだ」
 真正面からの言葉に気恥ずかしさを覚えて、融は早口に言う。
「口に合わなかったら無理しないで残してくださいね。あと、来年はもっと豪華にします」
「来年?」
「来年より再来年、再来年よりその次でグレードアップ目指します。今回はこれが精一杯なんで」
 頑張ってはみたものの、こうして並べてみるとやはり微妙だ。やはり外食すべきだったかもしれない。
 眉を下げた融の様子に目元で笑った前原が、シチューを口に運ぶ。緊張して見ている前でサラダとステーキに手をつけ、軽く頷いて融を見た。
「美味いな。可愛い恋人が頑張って作ってくれたと思うとなおさらだ」
「だから前原さん、そういうのは反則ですってばっ」
 むうっと唇を尖らせて、融は料理に箸を伸ばす。面映(おもは)ゆさに緩む頬を持て余したはずが、先日のことを思い出して複雑な気分になった。
 前原の祝いをすると決めた時、融の頭に浮かんだのはちょっと豪華な外食とプレゼントだ。そして、早々にプレゼントを何にするかで躓いた。
 前原は、着るものに限らず好みがはっきりした人だ。そのせいか、気に入ったものを大切に長く使う。
 好みでなくても喜んではくれるだろうが、どうせなら気に入るものを選びたい。丸三日間悩んだあげく、融は唯一話が通じそうな三橋(みはし)に相談という名のリサーチをしたら、したり顔で言われたのだ。
(誕生祝い? ああ、おまえやってもらうのか)
(いえ、おれじゃなくて前原さんのです)
(へえ、その日だったんだ?)
 そう言った三橋は、前原の誕生日を知らずにいたのだそうだ。そのくせ過去の自分の誕生日には、前原から食事に誘われていたという。
(見るからに義理なのが業腹なんで断ったけどな。けど誕生日って、あの人自分のには興味ないだろ)
 つきあい始めて早々に三橋の誕生日を訊いてきた前原は、けれど自分についてはまったく口にしなかったのだそうだ。
 先ほどの玄関先での反応からすると、三橋の指摘はきっと正しい。呆気に取られた融を微妙に気の毒そうな目で眺めて、三橋は首を竦めた。
(コンビニのケーキに蝋燭(ろうそく)でも立ててやれば十分喜ぶだろ。大仰にやるとかえって気を遣うんじゃないの)
 揶揄(やゆ)に顔を顰(しか)めたものの、外食では会計時に揉めるのは必至だ。何しろ通常の外食ですら、前原は融に支払いさせようとしない。割り勘の主張すら却下する相手に高価なプレゼントをしたところで、困惑されて終わる気がする。
 そもそも豪華な食事やプレゼントは、融が過去につきあった女の子にしてきたことだ。果たしてそれを、年上で同性の前原が喜んでくれるだろうか。
 誕生日祝いにかこつけて、少しでも前原に気持ちを返したい。その目的からすれば、豪華な食事とプレゼントはどうにもそぐわない気がする。
 前原に負担をかけず、喜んでほしいのだ。だったらどうすればいいと自分なりに必死で考えた結果が、このささやかなお祝いだった。
 食事のあとでカットしたケーキは、甘すぎず美味しかった。食べ終えたタイミングで向かいから呼ばれて、融はカップを手に前原の傍に移動する。その距離が、当たり前になっていることを実感した。
「誕生日プレゼント、なんですけど。今度から、前原さんちに泊まった時の食事はおれが作りますね」
「……融が?」
「いつも外食かコンビニだと栄養が偏りますし。料理を始めたら嵌(は)まっちゃって、今すごく楽しいんです。レパートリーはこれからもっと増やします」
 実を言えば、前原の食生活が気になって料理の勉強を始めたのだ。せめて簡単な食事が作れたら、少しくらい助けになるんじゃないかと思ってのことだった。
 窺(うかが)うように目を向けると、楽しそうな前原に頭を撫でられた。
「条件つきで頼もうか。無理はせず必ず材料費を必ず請求する、それと道具はうちで準備する」
「無理しないのは了解です。当面は試食ってことで、そこそこ作れるようになったら材料費は割り勘で。道具はあるから準備はいらないです」
「試食扱いかどうかは俺が決めよう。道具に関してはレシートを見せるか、それが駄目なら概算で出す」
 穏やかなのに有無を言わせない様子に、融は返答に詰まった。
「……不公平です。それだって、ちゃんとできるかどうかわからないのに」
「何がだ? 今の時点で十分、融には助けてもらっている」
「全然足りないです。おれだって、もっと前原さんを助けたい」
 こぼれた言葉を、自分の耳で聞いて納得する。あれこれ理屈を捏ねたところで、結局はそういうことだ。
「前原さんが、好きなんです。おれにできることはやらせてください」
「――――」
 瞬いた前原が、手で口元を隠す。珍しい反応に、彼の耳が赤くなっているのを知った。どうしてと思った直後に自分の言葉を認識して、全身が火を噴いた。
「そうじゃなくて、いやそうなんですけど、でもそうだコーヒーのお代わりでもっ」
「融」
 逃げる前に腕を取られ、ぬいぐるみ扱いで抱き込まれた。赤くなった顔を必死で背けていると、すぐ上から笑う声がする。
「今の台詞(せりふ)が一番のプレゼントだな」
「……来年は、料理が一番だって言わせてみせます」
「それとこれと別枠だ」
「別枠って、何ですかそれ」
 そっぽ向いていた顎を、長い指で掴まれる。目は逸らしたまま顔を上向かされ、優しい指に唇の端を撫でられた。目の前に影が差した時には、優しいキスに呼吸を奪われている。
「……ん、──」
 唇を齧(かじ)ったキスが、歯列の奥にするりと割って入る。舌先に絡む体温に応じながら、慣れてきたはずのキスにまだ緊張する自分に呆れた。
「再来月は俺の番だな」
 キスが離れていったあと、顔を寄せたまま前原が言う。見上げた融に企んだような顔で笑った。
「誕生日。七日だったろう?」
「……おれ、誰にも言ってないですけど。何で?」
「課長にこっそり訊いた。娘さんと同じだから覚えていたそうだ。……サプライズで祝いをするつもりだったんだが、先を越されたな」
 苦笑混じりの言葉を聞いて、現金にもいっぺんに気分が浮上した。本音を言えば、前原が融には誕生日の「た」の字も訊いてこないことに地味にむっとしていたのだ。
 顔を見合わせているうちに、どちらからともなく笑えてくる。こうしていられることがとても嬉しい。
 今年より来年、来年より再来年、再来年よりその次。そうやって、ずっと一緒にいられたらいい。心の底から、そう思った。
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